毎日必ず使っているもの
わが家には、「これがないと一日が回らないな〜」と思うモノたちがいくつかあります。
といっても、特別なアイテムじゃなくて、ほんとにごく普通のものたち。
まずは洗濯機。
朝から晩まで、ほぼフル稼働。
「え、また回すの?」って自分でツッコミたくなるくらい、何度も動いてます。
たぶんうちの洗濯機、一般家庭の倍は働いてる(笑)
それからキッチンにある大きめの鍋も、毎日の相棒。
ごはんを炊いたり、汁物を作ったり、とにかく出番が多い。
気づくとコンロの上にスタンバイしてるし、
「あれ?またこれ使ってるな〜」って、毎日同じ鍋を洗ってます。
タオルも、水筒も、カゴも、
いつの間にか“スタメン”が決まっていて、
新品よりも、ちょっとくたっとした子たちが大活躍。
見た目はピカピカじゃないけど、なんだか愛着があって、
「今日もよろしくね」って気持ちで使ってます。
もしかしたら、わが家のモノたちも
「また今日も始まったか〜」って思ってるかもしれません(笑)
気づいたら、だいぶくたびれている
毎日使っていると、当然ながら、どれもこれも少しずつくたびれてきます。
タオルは、もはや新品のふわふわ感ゼロ。
「これ、いつ買ったっけ?」と考えても思い出せないくらい年季が入っていて、
色も微妙に変わってきてるし、端っこはほつれてる(笑)
でもなぜか、いちばん使いやすいのはこのタオル。
手に取ると、しっくりくる。肌ざわりも、吸水力も、なんだか安心。
鍋もそう。
底はちょっと黒ずんでるし、フタのつまみも「ここ取れそうだな…」って思いながら、
今日も変わらず登板しています(笑)
洗濯カゴも、あちこちにヒビが入ってるけど、割れる気配はゼロ。
「そろそろ引退かな?」と思いつつ、なぜか毎日ちゃんと働いてくれる。
新品を見ると「いいな〜」と思うこともあるけど、
この“くたびれ具合”を見ていると、
「あぁ、ちゃんと使ってきたんだな」と、ちょっと誇らしくなります。
わが家では、
ピカピカ=正義、じゃなくて、
くたびれてる=よく働いた証拠。
そんなふうに、ものたちと付き合っています。
新しいものより、手に馴染んだもの
たまに「そろそろ買い替えたほうがいいかな」と思って、新しいものを買うこともあります。
でも不思議なことに、結局また前から使っていたほうに戻ってること、けっこうあります(笑)
新しいタオルはふわふわで気持ちいい。
だけどなぜか手に取るのは、あのくたっとした、いつものタオル。
新しい鍋も悪くはないんだけど、
「これくらい入れたら溢れない」って感覚が分かってるのは、やっぱり長年使ってるほうなんですよね。
家族も同じで、「いつものコップ」「いつものお皿」を使ってたりします。
見た目よりも使いやすさ重視。もう、身体が覚えちゃってる感じ(笑)
たぶん、毎日の暮らしって、そういうものなんだと思います。
新しくて立派なものよりも、何度も使って、何度も洗って、
「これがちょうどいい」って思えるもの。
気づけば、わが家の“スタメン”は、だいたい長く使ってるものばかり。
今日もまた、迷いなく、それを手に取っています!
物が多い=生活してる証拠だと思っている
正直に言うと、わが家はいつもスッキリしてるわけじゃありません。
気づくと物は出てるし、片づけてもすぐ元に戻る(笑)
前は、
「もっと減らさなきゃ」
「ちゃんと片づけなきゃ」
って思っていた時期もありました。
でも今は、
物が多い=ダメ とは、思わなくなりました。
だってそれって、
誰かが着替えて、
誰かが飲み物を飲んで、
誰かが動いた証拠なんですよね。
ランドセルが床に置いてあったり、
水筒がキッチンに並んでたり、
洗濯物が山になってたり。
きれいじゃないけど、
ちゃんと生活してる感じ がする。
もちろん、余裕がある日は片づけるし、
何も気にならないわけじゃありません(笑)
でも、
「今はそういう時期だよね」
って思えるようになりました。
物があるのは、
人がいて、暮らしてるから。
そう考えると、
ちょっと見方が変わる気がします。
今日も変わらずそこにある
特別な出来事がある日ばかりじゃないけど、
今日も変わらず、そこにあるものたちがあります。
朝に使って、夜にも使って、
何度も手に取って、また元の場所に戻す。
それを毎日くり返しているだけなんだけど、
それだけで、一日がちゃんと進んでいく。
たぶん明日も、
同じ洗濯機を回して、
同じ鍋を使って、
同じタオルで手を拭くんだと思います。
でも、その「同じ」があるから、
毎日がちゃんと回ってるんですよね。
くたびれてるけど、まだ現役(笑)
目立たないけど、なくなると困る。
そんなものたちに囲まれて、
今日もわが家は、しっかり動いていました。
大きなことは何もなくても、
ちゃんと暮らせた一日。
それだけで、今日は十分かなって思います。

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