【もう無理…を何度も超えてきた話】7人の子を育てながら見つけた“がんばりすぎない子育て”

7人の子どもを育ててきたママです。
にぎやかで楽しい毎日。でも、バタバタして思うようにいかない日もたくさんありました。
泣いたことも、笑ったことも、数えきれないほどあります。

完璧じゃないけど、大切に積み重ねてきた日々。
このブログでは、そんな私のリアルな子育ての記録と、日々の工夫を綴っています。

疲れたときに、ふっと立ち寄れる場所になれたらうれしいです。

「毎日いっぱいいっぱい」それが普通だった頃の私

朝はだいたい6時半ごろに起きて、まず中3と小3の息子たちを起こします。
…と言いながら、正直ちょっと寝坊して7時すぎにバタバタ起きる日も普通にあります(笑)

起きてすぐ始まるのは、朝ごはん作りと専門学校に通う長女のお弁当づくり。
一気にキッチンが戦場みたいになって、もう朝からフル稼働!!

もっと早く起きれば時間に余裕がでるのに…起きれない(笑)

これは“今”の私の朝なんだけど、
上の子たちがまだ小学生だったころは、もっともっとバタバタしていました~

上の子たちも、まだまだ手がかかる年齢で。
一人ひとりが「ママ見て!」「ママ手伝って!」と、次々に私を呼ぶんですよね。
そのたびに「私があと3人くらいいたらいいのに…」って本気で思っていたくらい(笑)

しかも当時は、三男のことで特に気をつかっていた時期でもありました。
発達障がいがあるんですが、朝の準備がなかなか進まなかったり、
時間がないのに何度も声をかけないといけなかったり、
進めたいのに進まないことが山ほどありました。(書ききれないいろーんなことが。汗)

みんなを送り出す頃には、私はもうぐったり(笑)
でもそのあとには、洗濯、掃除、買い物、夕飯の準備、そして幼稚園のお迎え…。
休む間もなく、次の“やること”が押し寄せてくる毎日でした。

いつのまにか「毎日いっぱいいっぱい」が、私の“普通”になっていたんですよね。

ママがつぶれたら家庭は回らないと気づいたとき

子どもの声が聞こえるたびに、胸がギュッと締めつけられるような感覚になる時期がありました。
呼吸が浅くなって、心臓がドキドキして、たまらなくその場から逃げ出したくなる。

「これ、絶対に普通じゃないよね…」
そう思いながらも、毎日なんとかやり過ごしていたんです。

育児が大変、とか
しんどい、なんて言葉じゃ全然足りない。
もっと深くて、もっと苦しい、あの“恐怖”みたいな感情。

誰かに頼る勇気もなくて、相談しても状況が変わるわけじゃない。
「だったら、私が我慢すればいいんだよね」
そうやって自分に言い聞かせて、どんどん自分を追い詰めていきました。

一人になった瞬間、何度泣いたかわかりません。
声を出して、しゃくりあげて、大泣きした日もたくさんありました。
でも、それを誰にも見せたくなかった。
“母親なんだから強くなきゃ”って、どこかでずっと思ってたから。

気づけば、夫との会話もどんどん減っていって。
すぐそこにいるのに、すごく遠くに感じて。
同じ家に住んでいるのに、家庭内別居みたいな状態で。

でもね、ある日ふと思ったんです。
あ、私の心も体も、もう限界を超えてる…って。

このままだと、私が壊れてしまう。
そして私が壊れたら、この家は? 子どもたちは?
なんだか、その現実が見えてしまったんです。

家族のために、ずっと自分を後回しにしてきた私が、
「私自身を守らなきゃ」と初めて思えたのは、
ほんとうに“つぶれる寸前”のところでした。

私が実践してきた“自分を守る”子育て術5選

子育てでつぶれそうになったとき、「自分を守る」ってすごく難しいことなんだと痛感しました。
でも、今振り返ってみると――
あの頃の私が、ほんの少しでも“自分を支えるためにやっていたこと”が、実は大きな意味を持っていたと気づきました。

「助けて」と言えなかった私が、同じ悩みを持つママに愚痴をこぼせたこと

息子が通っていたサッカークラブで、あるママと何気なく話していたときのこと。
雑談の流れで、そのママのお子さんも発達障がいがあるんだよ〜って話になりました。

それがもう、聞けば聞くほど
「それ、うちの子と同じ!」の連続で。

気づいたら、今まで誰にも言えなかったことを、ついポロポロ話していました。
しんどかったこととか、正直つらかったこととか。
「わかる〜」「うちもあるあるだよ」って言ってもらえて。

その瞬間、誰かに話すだけで、こんなに気持ち軽くなるの!?って、びっくりしました。

何かが解決したわけじゃないし、状況が変わったわけでもない。
でも、ずっと一人で抱えてたものを
「ちょっと聞いて〜」って外に出せただけで、だいぶラク。

「助けて」なんて大げさなことじゃなくても、
「ちょっと愚痴っていい?」くらいでいいんだな〜って思えた出来事でした。

婦人科で「今の私の体の状態」を知ってもらえたこと

その頃、体の調子もおかしくなってきました。
生理が来なくなって、妊娠初期みたいなだるさが続いたり、
なんだか呼吸が浅くて息苦しい感じがしたり。

もちろん妊娠ではありません。
これはさすがに変だなと思って、
子どもたちを出産した産婦人科を受診しました。

先生に診てもらって言われたのが、
「卵巣がほとんど機能していない状態ですね」
「更年期みたいな症状が出ています」。

正直、その言葉を聞いたときはショックでした。
当時35歳。
更年期なんて、まだまだ先の話だと思っていた

その日は、精神安定剤と眠れるお薬をもらって帰宅。
「体がちゃんと悲鳴をあげてたんだな」って、あとから思いました。

振り返ると、あの頃は
今まで生きてきた中で、いちばん心も体も参っていた時期だったと思います。

家事を“やらない選択”をした日があってもいいと自分に許した

今日はもう、いろいろムリ。
洗濯も山だし、ごはんもレトルトでいいやって思った日がありました。

ほんとはずっと「ちゃんとやらなきゃ」って思ってたけど、
その日だけは、自分に「今日はいいよ」って言ってあげました。

罪悪感? ちょっとあったけど…
それでも家って意外と回るんですよね。

何も完璧じゃなくても、誰も困らない。
それより、私がピリピリしてる方がよっぽど家庭の空気がギスギスする。

だから最近は、
“やらない日があってもいい”って思えるようになってきました。

自分をラクにする選択も、子育てには必要だなって。
そう気づいたのは、ほんとつい最近のことです。

「ひとりになれる場所」を一つでも作った

毎日、誰かに呼ばれてばかりで。
子どもの声が途切れない日もあれば、
家の中に「ひとりになれる時間」なんて、どこにも見当たらない日もありました。

そんな中で私が気づいたのは、
長い時間じゃなくてもいいから、
「ここは自分の場所」と思える空間があるだけで、
心の持ちようが少し変わる、ということでした。

私にとっては、トイレの中だったり、
お風呂に入っている時間だったり、
たまに、車にひとりで乗る時間だったり。

ほんの数分でも、
誰にも話しかけられない。
誰の声も聞かなくていい。

それだけで、
浅くなっていた呼吸が、少しずつ整っていくのを感じました。

無理に前向きにならなくてもいいし、
すぐに元気にならなくてもいい。
ただ、自分をそっと休ませる場所があるだけで、
また一歩、前に進める気がしたんです。

ほんの小さな逃げ場でも大丈夫。
それが、心を守るための大切な居場所になることもあります。

「この子のために」ではなく「私のために」することを見つけた

子育てをしていると、どうしても
「全部、子どものために」
「自分のことは後回しでいい」
そんなふうに考えてしまいがちでした。

でも、それを毎日続けていると、
自分では気づかないうちに、
心が少しずつすり減っていってしまうんですよね。

だから私は、ほんの少しだけ、
“私のための時間”を持つようにしました。

ゆっくりコーヒーを飲む時間。
好きなドラマを、ただぼんやり眺める時間。
何も考えずに、SNSを見ている時間もありました。

特別なことじゃなくていいし、
何かを頑張らなくてもいい。
「これをすると、少しだけ気持ちがラクになる」
そんなことを選ぶだけで、十分だったんです。

そうやって、少しずつ心が満たされてくると、
「また明日も、やってみようかな」
そんなふうに思える日が増えていきました。

子どものために頑張り続けるには、
まずは、自分の心が元気でいること。
今は、そう思えるようになりました。

あの頃は、正直しんどい日がいっぱいありました。
でも、「家族なんてもういいや」って思ったことは一度もなくて。

つらいな〜と思う気持ちと、
それでも「やっぱりこの子たちのそばにいたいな」って思う気持ち、
その両方がいつも自分の中にあったように思います。

気持ちは揺れっぱなしだったけど、
それでもなんとか毎日をこなして、ここまできた感じです。

「ちゃんとしなきゃ」をやめてラクになれた話

ずっと、「ちゃんとしなきゃ」って思いながら子育てしてきました。

ごはんは手作り、洗濯物は溜めずに片づけて、子どもにはちゃんと向き合って…。
気づけば毎日、やることに追われて、自分の気持ちはずっと後回し。

できなかった日は、自分を責めて、落ち込んで、
「私、ダメな母親かも」なんて思ってしまうこともしょっちゅう。

でもある日ふと、こう思ったんです。

「…で、私、なんのためにこんなにがんばってるんだろう?」

そこからちょっとずつ、「ちゃんとやる」をやめてみました。

洗濯は明日でいい。
夕飯はレトルトでOK。
部屋が散らかってても、誰も死なない(笑)

最初はちょっと罪悪感もあったけど、やってみたら案外大丈夫でした。

家族も何も言わないし、むしろ私がイライラしてない方が、みんな過ごしやすそう。
「あ、ちゃんとより、ごきげんでいる方が大事かも」って思えたんです。

あの頃は、夫のことも受け付けなくなってしまっていて、
同じ家に住んでいても、心の距離はどんどん広がっていきました。

でも、月日が流れる中で、少しずつ会話が増えたり、
一緒に子どもたちの話をする時間ができたりして、
気づいたら、以前よりも自然に隣にいられるようになっていました。

「無理だ」と思っていた時期があっても、
関係って、少しずつ変わっていくものなんだなって、今は思っています。

今はもう、「ちゃんとしなきゃ」は、私の中で卒業。
無理しない。がんばりすぎない。
それでも毎日、ちゃんとまわってる。

むしろ今のほうが、笑える日が増えました。
「がんばらない私」でも、大丈夫。ちゃんと、うまくいくから。

子育てママへ伝えたいこと:あなたの笑顔がいちばん大事

もし今、子育てで苦しさを抱えているママがいたら、
私は「その気持ちは本物だよ」と伝えたいです。
弱いからつらいんじゃない。
むしろ、毎日踏ん張っているあなたは、とても強い人です。

子育てには、しんどさと喜びがいつも同時にやってきます。
私自身、つらい時期があっても、そのあとにまた家族が増えました。
苦しい日があったから、幸せを感じる日もあった。
人生はそんなふうに続いていくんだと、今は思えます。

私たちは、つい「ちゃんとしなきゃ」と思いがちです。
でも、完璧なお母さんじゃなくていいんです。
泣いてもいいし、休んでもいい。
家事ができない日があってもいい。
あなたの心が壊れてしまうことのほうが、ずっと大切なんです。

あの頃の私は、自分のことを後回しにしていました。
でも今は、こう思います。

「お母さんが穏やかでいられることが、家族にとっていちばんの幸せ」

あなたが笑える日が増えますように。
そして、あなた自身があなたを大切にできますように。

その願いを込めて、この文章を書きました。

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